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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2309号 判決 1974年11月12日

控訴人 小河原る

右訴訟代理人弁護士 原謙一郎

被控訴人 須崎三郎

右訴訟代理人弁護士 中村源造

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四、本件につき東京地方裁判所が昭和四六年一一月一五日にした強制執行停止決定を取消す。

五、前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一項乃至第三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、控訴人と被控訴人との間の中野簡易裁判所昭和三五年(ユ)第一一〇号建物収去、土地明渡調停事件において、昭和三六年六月六日被控訴人主張のとおりの条項(原判決摘示請求原因(一)の1乃至8)の調停が成立したこと、本件土地はもと控訴人の夫の所有であったところ、控訴人の夫が昭和三〇年五月二〇日死亡したため、控訴人が相続により本件土地の所有権を取得したものであること、及び、控訴人の夫はかねてから訴外殿岡トシに本件土地を賃貸していたが、昭和三五年項殿岡が控訴人に無断で地上の建物とともに本件土地の賃借権を被控訴人に譲渡したため、控訴人と被控訴人の間で賃借権譲渡の承諾をめぐって紛争を生じ、その結果控訴人より前記の調停の申立がなされたものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、ところで、被控訴人は、右調停条項のうち、一〇年の期間満了と同時に、被控訴人が建物を収去して本件土地を明渡すべき旨を定めた部分(調停調書第六項)は、借地法に違反し、無効である旨主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫によれば、およそ以下の事実を認めることができる。本件土地は、終戦後戦災のため空地となっていたところ、右土地上に第三者が控訴人の夫に無断でバラックを建築し、間もなく訴外殿岡トシが右バラックを譲受けたうえ、控訴人の夫に本件土地を賃借し度いと申出たので、昭和二二年一〇月頃控訴人の夫は殿岡に本件土地を期間二〇年の約で賃貸した。殿岡は右バラックを改造して飴屋を営んでいたが思わしくなく、昭和三〇年始め頃飴屋を廃業し、店舗部分を被控訴人に賃貸し、被控訴人は寿司店を開業するとともに、その頃控訴人の反対を無視して店舗部分の改造と二階の増築工事を施行した。その後昭和三五年一月頃殿岡は本件土地の賃借権と地上の建物を被控訴人に譲渡し、控訴人に何の挨拶もなく夜逃げ同様の状態で転居し、被控訴人は控訴人に右賃借権の譲渡につき承諾を求めてきた。しかし、控訴人は、被控訴人の前記店舗増改築工事のいきさつもあって被控訴人に信頼を置くことができず、また、控訴人の家族において本件土地を利用し度いと考えていたので、被控訴人に賃借権譲渡の承諾を與えることを拒否し、その頃被控訴人に対し、建物を収去して本件土地の明渡を求めるため、中野簡易裁判所に前記調停の申立をなした。右調停の席上、控訴人は強く本件土地の明渡を求めたが、調停委員らより円満かつ確実に明渡を実現するため、即時明渡の要求を譲歩するように説得され、一応殿岡トシに対する借地契約の残存期間である六年余の間被控訴人に対し明渡を猶予することを孝えたが、被控訴人の側より強く二〇年の期間の借地契約の締結を求められ、かつ、殿岡との借地契約につき証書等がないことを理由に残存期間が六年余と認めるべき限拠はないと反論され、更に調停主任裁判官及び調停委員らより調停を成立させるため一層の譲歩を求められた結果、控訴人はやむなく、被控訴人より本件土地に隣接する四坪一合の土地の返還と名義書換料として金二五万円の支払を受けることを条件として、被控訴人に対し、殿岡トシとの借地契約の残存期間を一〇年と認め、被控訴人のために右一〇年間借地権を存続せしめることを承諾し、右期間満了と同時に、被控訴人は地上の建物を収去して本件土地を明渡すべき旨を明確にした本件調停を成立せしめたものである。およそ以上の事実を認めることができる。

而して、以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人の承諾を得ないで本件土地の賃借権を譲受けたものであって、控訴人に対抗し得べきなにらの権利を有するものではなく、また控訴人は被控訴人との間に借地契約を結ぶ意思がなく、却って本件土地の明渡を実現するために本件調停を申立てたものであるが、調停主任裁判官及び調停委員らの説得により、期間経過後は確実に本件土地を明渡して貰えるものと信じ、即時明渡の要求を譲歩して暫時の間被控訴人のために借地権を存続せしめることを承諾したものであって、控訴人としては右調停により被控訴人との間に通常の借地契約を締結する意思を有していなかったことが明らかというべきであるから、右調停の趣旨は、被控訴人のために借地法第九条の規定する一時使用のための借地権を設定したものと解するのが相当である。本件調停が民事調停法に基く調停委員会の斡旋によって成立したものであることにかんがみれば、以上の解釈によって借地法の定める借地人保護の規定が不当に潜脱される弊害を招くおそれはないものということができる。従って、右調停によって定められた一〇年の期間満了とともに、控訴人と被控訴人との借地契約は終了し、被控訴人は借地法第四条の定める更新請求権を有せず、直ちに地上の建物を収去して本件土地を明渡さなければならないものであり、本件調停条項中、被控訴人の右建物収去、土地明渡の義務を明確にした部分(調停調書第六項)はなにら無効とされるべき理由はない。

本件調停により、被控訴人が控訴人に対し占有中の土地の一部を返還し、かつ、名義書換料として金二五万円を支払ったという点も、以上の認定判断を覆すには足りないものというべく、≪証拠省略≫のうち、以上の認定、判断と牴触する部分はたやすく採用できず、他に以上の認定、判断を覆すに足りる証拠はない。

三、以上の次第で、本件調停に定められた被控訴人の建物収去、土地明渡の義務が、借地法第二条、第四条又は第六条の規定を潜脱するものであって、同法第一一条の規定により無効であることを理由とする被控訴人の本件請求異議は失当であるからこれを棄却すべきものであり、右と結論を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第八九条の規定を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行宣言につき同法第五四八条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀建太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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